ABS

2010年に決まる!?遺伝資源の新たなルール

2009.06.01

私たちの生活と遺伝資源

ニチニチソウ

Photo:©CI/Russell A. Mittermeier

私たちの生活が豊かな自然の恵みに支えられていることは言うまでもありません。その恵みのひとつに「遺伝資源」というものがあります。遺伝資源とは、"現実の又は潜在的な価値を有する遺伝素材"と生物多様性条約では定義されており、動植物や微生物が各々に持つDNA情報などのことをいいます。

たとえば、米国の製薬会社であるイーライ・リリー社は、抗がん剤を作る過程でマダガスカル島に生息するニチニチソウ(学名:Catharanthus roseus)の遺伝資源を使っています。バイオテクノロジーが発展した今日、遺伝資源は製薬、食品、化粧品産業など多くの分野で研究・開発されています。遺伝資源は、私たちが一般的に考える資源(石油資源や鉱山資源など)とは様々な点でその性質を異にします。

抗がん剤のように実用化されてはじめてその価値が特定されるということや、サンプルとなる動植物や微生物を少量採取すればその後半永久的に利用できるため、直接的に環境や生態系に負荷を与えないということがあげられます。しかし、豊かな自然があるからこそ得られる資源という点はで他の資源と同様で、特に生態系や生物の多様性は、遺伝資源産業の進展には欠かせません。

ABS議論の背景

1992年に採択された生物多様性条約の下でABS(Access and Benefit Sharing=遺伝資源の利用とその利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分)の議論が浮上して来るまでは、誰が遺伝資源の所有者であるか、明確な国際ルールは存在しませんでした。そのため技術の進んだ先進諸国が、自然の豊かな国々から動植物や微生物を無条件で採取していました。

先に述べたニチニチソウは、元来からマダガスカル島の先住民族が糖尿病や小児白血病の治療薬として利用していた薬草であり、彼らの永年の伝統的生活により保全・利用されてきた自然資源です。マダガスカル島の先住民族の貢献がなければ、製薬は実現しなかったかもしれません。しかし、ニチニチソウが存する国や先住民族に対して、イーライ・リリー社が得た利益が分配されることはありませんでした。

このような状況に対して、先進諸国による遺伝資源の一方的な利用を「バイオパイラシー(生物資源の海賊行為)」として非難する声が高まりました。さらに、途上国を主とした自然の豊かな国々の主張により、遺伝資源の主権的権利はそれが存する国にあるということが生物多様性条約本文に明記されました。その主権的権利を尊重し、公正かつ衡平な利益の共有するためのルールが必要であるとして、生物多様性条約の下でABSの議論が、始まりました。

ABSの議論の現状

議論の成果の1つが、2002年に出来たボン・ガイドラインという遺伝資源取引に関する手引きです。しかし、ボン・ガイドラインは法的拘束力を持たないため不十分であるとして、途上国を中心とした国々は法的拘束力をもった強い国際ルールの作成を求めました。また、2002年に開かれた持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルクサミット)で、ABSの促進、保護のための国際ルールについて、生物多様性条約の下で交渉を行うことが決議されました。これらを受けて、2010年までに新しくABSの国際ルールを締結することが決定しました。

しかし、議論は難航しているのが現状です。そこには、資源提供側と資源利用側のABSに対する立場の相違が見られます。遺伝資源を提供する地域の住民は、自分たちが自然や遺伝子に関して伝統的に持っている知識や経験が尊重され、今後も自然を保護するために、研究技術を含め利益が共有されることを願っています。

遺伝資源を多く保有する途上国政府は、遺伝資源利用から生じる利益の確実な配分のためのルールを要求しています。一方で、遺伝資源を利用する企業や研究機関は、持続的に資源を使い続けたいが、なるべく資源確保のためのコストは減らしたいと思っています。そのため、先進諸国の政府も、自国の企業の技術開発を促進するために利益配分に対しては消極的です。日本も、先進国として同様な姿勢をとっています。

こうした各ステークホルダーの思惑により、生物多様性条約の締結から17年が経った今も、ABSは議論され続けているのです。遺伝資源に由来する産業の市場規模は年7000億ドルにもなると言われており、ABSが実施されるか否かは、南北問題の助長を食い止められるか否かという点でも大きな意味を持っています。

2010年へ向けて

交渉はまだまだ難航していますが、2010年は間近に迫っています。日本を始めとする先進国及び発展途上国が歩み寄り、ABSの新たなルールが積極的な議論の元で締結されることが期待されます。私たち日本の市民も、世の中にあふれている遺伝資源の存在を認識し、政府や企業に、公正かつ衡平な利益配分のためのルール作りを求めていくことが、開催国の責任として求められています。

Written by 山下真歩 (A SEED JAPAN

山下真歩(やましたまほ)

1988年愛媛県生まれ。横浜国立大学教育人間科学部国際共生社会課程に在籍中。2008年から国際青年環境NGO A SEED JAPANのメンバーとして青年の視点からABSの課題に取り組む。持続可能な開発と地球環境の共生について研究している。趣味は、テニスとスノーボード。