万葉集の中にこのような精神の証を見ることができます。万葉集は昔、記録されて残っている最古の名歌集であり、150種以上の植物と70種以上の動物が、8世紀以前に書かれた最も民衆に好まれた歌の数々の中で詠まれています。
日本人が自然と紛れもなく結びついていることを示すもう1つの証拠は、俳句でしょう。17音節で作られる非常に短い俳句では、自然を詠むことが規則になっているのです。
Photo:©CI/Yasu Hibi
生物多様性は、その国や地域の文化の形成にも影響してきました。ジャパン・ホットスポットの豊かな生き物の多様性は、多様で豊かな文化を生み出してきたのです。生物多様性保全を考えるときに、自然の危機や脅威をとらえると同時に、歴史や文化を理解することも、大切なことです。
日本の生物多様性は危機的な状況に直面していますが、保全のためのさまざまな取り組みがなされています。また、日本から地球上の生物多様性保全に向けた取り組みも行われています。
Photo:©Fumio Matsui
日本は、国土が比較的狭く、一般的には同質的な社会と見られていますが、生物学的に多様であるように、文化の面でも多様です。
それは主として、日本が、地質学的にも地理的にも複雑だからだといえます。高い山と海があり、しかも、1800年代後半までは、国内の移動にさまざまな制約があったので、実質的に、多数の民族集団とまではいかなくても、文化的集団に分かれる結果となったのです。
日本語は、他に類縁言語を持たない孤立した言語であるが、多様な方言を持っています。中には、全く異なる言語もあります。北海道や本州の北に住むアイヌ民族が話すアイヌ語もその1つですが、話せる人がほとんどいなくなって、今や消滅の危機にあると言われています。
アイヌ文化もほとんど消えかけていましたが、今や数少なくなったアイヌ人たちの努力によって近年人々の関心が高まり、新たによみがえってきたようです。
日本語と日本文化が多様であるにもかかわらず、日本の人々が自然を愛する心は一様に強く、長い歴史があります。それは、おそらく次のような理由によると考えられます。
日本は、国土が狭く、山がちな地形で、耕地が非常に少ないために、人々は自然の資源を持続可能な方法で利用しなければならず、自然と融合して生活せざるを得なかったのだといえます。
このような精神は、仏教や土着の宗教である神道の信仰に基づいたものでもあるでしょう。日本語の自然という言葉は、文字通り、「内在する」あるいは、「一部分である」という意味です。
Photo:©National Diet Library
万葉集の中にこのような精神の証を見ることができます。万葉集は昔、記録されて残っている最古の名歌集であり、150種以上の植物と70種以上の動物が、8世紀以前に書かれた最も民衆に好まれた歌の数々の中で詠まれています。
日本人が自然と紛れもなく結びついていることを示すもう1つの証拠は、俳句でしょう。17音節で作られる非常に短い俳句では、自然を詠むことが規則になっているのです。
Photo:©Fumio Matsui
日本人1億2,750万人(人口調査局2003年)の約7割が国土の3%に集中して暮らしていることは、ある意味幸いなことだといえます。居住地の人口密度は高くなるものの、それ以外の場所では比較的人口が希薄になるからです。
しかしそうは言っても、居住地が保護地域の近くにあるケースはかなり見られ、保護地域から10kmの範囲内に住んでいる人は2002年に3,300万人と推定されています。
外国からの安価な輸入材に比べると国産材の価格は高いので、日本では森林伐採が環境への脅威となることは少ないようです。しかし、日本が総じて豊かな社会であることや、第2次世界大戦後の数十年間で1人当たりのGDPが高水準に達したこと、ここ数年で週間労働時間が減少し、その結果余暇に費やす時間が増えたことなどによって、環境に対して違った形での負荷が与えられてきています。1980年代には政府の奨励策によってスキーリゾートやゴルフ場の建設が進められ、森林が伐採されました。また、自動車が増加の一途を辿り、公共交通機関よりも自家用車を利用したいという多くの人の要求に応じて、道路が増設されました。
Photo:©Ruth E. Lionberger
近年は、高速の公共交通機関も拡充しています。今では、東京から山形県や秋田県のような北部の遠隔地まで、新幹線に乗れば3時間もかかりません。かつてはあまり人の住んでいない遠隔地だった所にも、今では休暇をとって旅行する人が増えています。旅行者の増加に伴ってサービス施設や娯楽施設に対する需要が高まり、ひいてはそれが未開発地域への圧力を高める結果となっています。
第2次世界大戦以降、日本の高地に自生する針葉樹林帯は林野庁の管理下に置かれてきました。林野庁は、戦後の木材やパルプに対する需要に応えるべく、針葉樹林を皆伐し、その跡地にカラマツ【マツ科カラマツ属 学名:Larix leptolepis】を植林することを奨励しました。現在、植林地は日本全国に広がっており、その約9割を占めるのが、いずれも日本固有の植物であるスギ【ヒノキ科スギ属】、ヒノキ【ヒノキ科ヒノキ属】、カラマツ【マツ科カラマツ属】です。
ブナはもともと、1900年過ぎ頃までは建設資材として利用されることはありませんでした。しかしそれ以降は、家具、パルプ、建設資材としての使用量が増え、第2次世界大戦中は軽飛行機の製造に使われました。ブナ林が皆伐された跡地にはスギやカラマツが植林され、これらが定着しなかった所にはササの群落が一面に広がりました。
本州中部の山岳地帯には今も自生のブナ林【ブナ科ブナ属】が分布していますが、本州の南部に行くと常緑広葉樹林が見られるようになります。
日本では、自然環境保全基礎調査をもとに全国の植生図(縮尺5万分の1)が作成されており、それによると766の植物群落が存在します。植物群落は表の10の類型に分類されています。
http://www.biodic.go.jp/kiso/vg/vg_kiso.html
これによると、森林(自然林、自然林に近い二次林、二次林、植林地)が国土の67.5%を占めています。北海道は最も豊かな森林を擁し、その5割を自然林が占めています。全国で最も森林被覆面積の割合が高いのは四国で、植林地、水田、畑地の割合が最も高いのは九州です。全体的に見ると、低地での森林伐採は今ではほとんど行われておらず、高地にはまだ広大な森林地帯が残っています。
森林のほかに、沿岸部や湿原も荒らされてきました。北海道では、農地拡大や河川の水路化、道路建設などの開発によって、タンチョウの巣作りの場となる湿地帯が現在も失われつつあります。例えば、釧路市にある約300km2の湿地帯の1/3が、1970年代以降、農地や工業用地、住宅地に転用されてきました。
日本では野生絶滅してしまったトキ。2008年に佐渡に再導入された。現在、野生のトキは中国の一部にのみ生息。健全な淡水エコシステムが必要 Photo:©CI/Russell A. Mittermeier
残念ながら、過去の生息地の喪失や狩猟の影響、農薬の使用によって、いくつかの種の個体数が激減しました。コウノトリ【コウノトリ科コウノトリ属】もその1つで、最近まで日本では繁殖をしていませんでした。トキ【トキ科トキ属 絶滅危惧ⅠB類】も、中国中部の陝西省洋県の飼育センターにしか生息していませんでした。しかしながら、いずれも、現在、これらの種を再移入する取り組みが行われており、飼育下で繁殖したトキが中国から数羽移入され、野生に返す試みが行われています。同様に、飼育下で繁殖したコウノトリを野生に返す計画は、関係者の努力により実を結びつつあります。
アホウドリ【ミズナギドリ目アホウドリ科 絶滅危惧Ⅱ類】は、20世紀に大量の羽毛採取のために乱獲されて絶滅寸前に追いやられましたが、1960年代以降の保護政策によってその個体数は回復しています。今日ではアホウドリの繁殖地は鳥島と尖閣諸島だけです。
日本の大半の地域と同様に、琉球列島や小笠原諸島も、植林地での造林や都市開発(そして森林に甚大な被害をもたらした2000年の伊豆諸島三宅島の火山噴火)によって生息地の喪失に見舞われています。19世紀に鳥類の固有種3種(オガサワラカラスバト【ハト目ハト科】、オガサワラガビチョウ【スズメ目ヒタキ科】、オガサワラマシコ【スズメ目アトリ科】)が絶滅しました。これは、小笠原諸島の亜熱帯原生林の大半が伐採されたことが要因の1つであると考えられています。
琉球列島では、奄美諸島と沖縄諸島にほんのわずかに森林地帯が見られますが、その大部分が保護地域内にあり、また、老齢林の占める割合は奄美諸島では5%にも満たない状況です。
世界の他の亜熱帯地域と同じく、日本の在来動植物にとって最大の脅威となるのは、外来動植物である。インドマングース【ネコ目ジャコウネコ科】、ジャワマングース【ネコ目ジャコウネコ科】、チョウセンイタチ 【ネコ目イタチ科】など、ヘビの駆除を目的として導入されたものなどが代表的です。
例えば、1970年代から80年代にかけて三宅島にチョウセンイタチが導入されたことよって、日本の在来種のミゾゴイ【コウノトリ目サギ科 絶滅危惧ⅠB類】やアカコッコ【スズメ目ツグミ科 絶滅危惧Ⅱ類】の個体数が激減しました。奄美諸島では、ジャワマングースの導入によって、アマミヤマシギ【シギ科ヤマシギ属 絶滅危惧Ⅱ類】やアマミノクロウサギ【ウサギ科アマミノクロウサギ属】が減少したと考えられています。
ほかに日本に導入された種には、ジルティラピア【スズキ目カワスズメ科】やミヤコヒキガエル【カエル目ヒキガエル科】などがあり、野生化ヤギもいくつかの島で問題となっています。また、オオクチバス【サンフィッシュ科オオクチバス属】も日本の在来魚に深刻な脅威をもたらしています。
Photo:©Ogasawara Village Tourist Association
日本にある29の国立公園は、「自然の風景の傑出した美しさ」の保護を目的として指定されたものですが、最も豊かな生物多様性地域を保護している所もいくつかあります。国立公園をすべて合わせると、日本の国土のおよそ5.5%の広さに当たります。
国立公園のほかにも、数多くの国定公園や都道府県立自然公園、都道府県鳥獣保護区があります。国際自然保護連合(IUCN)が指定する1~4のカテゴリーに該当する日本の保護地域をすべて計算すると、6%弱が高い水準の保護を受けていると考えられます。もっとも、これらのカテゴリーに分類されない保護地域を含めると、日本という生物多様性ホットスポットの16%ほどが、少なくとも何らかの法的な保護を受けている地域ということになります。
さらに、本州北部の白神山地と、老齢杉林を擁する薩南諸島の屋久島は、いずれも1993年に世界自然遺産に登録されました。
指定されている公園の中には、区域内全域が保護地域ではないものも少なからずあります。公園内に民間の農地やほかの商業的な開発活動が見られることもあり、さらに伊豆諸島のように、国立公園に指定されているにもかかわらず、未だに保護管理が不十分で、生息地の喪失が続いている所もあります。
琉球列島の保護地域システムには、重大かつ明らかな欠陥が見られます。沖縄諸島北部と奄美諸島にわずかな保護地域が存在していますが、そこでは森林の大半が適切に保護されていません。以下にあげるヤンバルが1つのいい例です。
ケナガネズミ【ネズミ科ケナガネズミ属 絶滅危惧ⅠB類】 Photo:©Yuji Obara
ヤンバルには、日本に生息する重大な絶滅の危機に瀕している種および絶滅寸前の種32のうち、地球上でこのヤンバルにしか生息していないヤンバルクイナやノグチゲラを含む6種が数多く生息しています。
中央の山々の東斜面に位置するヤンバルの約1/4は米軍海兵隊の演習基地になっており、残りの森林地帯も、皆伐されたり林床の下草が刈り尽くされるという脅威にさらされています。1979年から1991年の13年間で、ヤンバルの森は24km2も伐採され、しかもその6割以上が森の中央部に位置していました。また、自然林の半分で下草が刈り取られたと推定されています。ちなみに、沖縄本島全土の19%を米軍基地が占めています。
Photo:©Ruth E. Lionberger
保護地域に関する従来の政策においては、極めて重要な日本の風致地区を保護すると同時に、できるだけ地元経済に悪影響を与えない形で公園が指定されてきました。公園内の野生生物は厳格に保護され、動植物の駆除や収集は禁止されましたが、その一方で、公園は、ハイキング、スキー、登山、キャンプ、ボート、遊泳、バードウォッチングや一般的な観光などにも利用されてきました。ただ、小笠原諸島では、保護地域が拡大されて観光が制限されるようになっています。
かつては辺境の地であった所に対しても、今では開発の圧力が増大しています。しかし近年、日本人は、自然資源を尊重しこれを大事に利用する社会、すなわち環境に配慮した持続可能な世界という概念を受け入れるようになっています。また、昔の人たちがそうであったように、人間は自然の一部であるということを今改めて認識しているようです。
生物多様性の喪失が人間と環境に与える影響の重大性について講演する2007年コスモス国際賞の受賞者ジョージナ・メイス博士
Photo:©International Cosmos Prize Committee
再生可能な資源や環境に関する技術の価値を評価する重要なものに、コスモス国際賞があります。これは世界有数の環境賞の1つで、日本のExpo'90財団によって年一回贈呈されているものです。Expo'90は「自然と人間との共生:人間として私たちは、本当の意味で、いかに自然との調和を尊重し、自然との調和の中で暮らすことができるか」をテーマに掲げたイベントでした。コスモス国際賞の趣旨は、研究活動を通じてExpo'90が掲げた理念を取り入れ、これを実現させた人たちを称えることですが、同時に、自然の保全・保護の必要性に社会の関心を向けさせることでもあります。
現在、自然や環境に関する問題は、広告や報道機関、国の政策発表の中でしきりに取り上げられるようになっています。
Photo:©CI/Russell A.Mittermeier
最後に言及しておきたいのは、近年、日本が国際的な生物多様性の保護および生物多様性ホットスポットに対する支援において、重要な役割を担っているという点です。実際、日本政府は、世界銀行、地球環境ファシリティー、マッカーサー財団、コンサベーション・インターナショナルとともに、クリティカル・エコシステム・パートナーシップ基金(CEPF)にパートナーとして参加しています。CEPFは5年間で、生物多様性ホットスポットの保全活動に1億2,500万米ドルを拠出してきました。
日本自身が生物多様性ホットスポットリストに登録された今、この地球上に存在する極めて重要な地域に対する日本の取り組みが、これまで以上に強化されることを期待しています。