SATOYAMA
2009.10.05
多様な環境が混在する里山景観(浅井粂男 画)
「里」という字は「田」と「土」という字からできています。「田」は整理された耕地を、「土」は土地神をまつる「ほこら」をかたどったものです。「山」はいわゆる山だけではなく、森や耕地をさすこともあります。すなわち里山とは、人々の住まう集落とその周辺の耕地や森林などの自然環境とが一体となった空間といえます。
里山では、地域の自然条件にあわせた農業や林業が営まれていました。里山に暮らす人々は、農作物や材木、茅などの生活物資を得るために、元々あった自然に手を加えてきました。その結果、里山は、自然林に近い暗い林(社寺林)、明るい林(雑木林)、背丈の高い草原(茅場)、背丈の低い草原(牧)、水田、ため池など、多様な環境が混在した景観へと変貌してきました。千葉県の北総台地では、谷底には水田や水路、台地上は雑木林やスギの植林、畑など、谷と台地の間の斜面周辺には集落や草原などが広がる里山景観が見られます。
里山に様々な環境ができたことで、多様な生き物たちが共存して暮らすことが可能になりました。多様な生物・生命の「生物多様性」とそれに支えられた生態系は、私たち人間に豊かな恵みをもたらしてくれます。このような生態系の恵みは「生態系サービス」と呼ばれています。
春の里山。水田わきの明るい草地で、ジュウニヒトエが花を咲かせていた
農作物や魚介類、水、繊維、薬、材木など生活に必要な物資(供給サービス)だけでなく、森林による土砂崩れの防止、耕地やその周辺に棲む動物によって作物の花粉媒介が行われるといった生態系の有益な機能(調整サービス)、レクリエーションや信仰の対象、伝統工芸や芸術を生み出すインスピレーションを与えてくれる(文化的サービス)といったものが、生態系サービスとして挙げられます。大都市に住む大勢の人たちの生活も、元をたどればこれらの生態系サービスに支えられており、さらに言えばその生態系をつくり上げている生物多様性に依存しているのです。
私たちは「ちばの里山里海サブグローバル評価」というプロジェクトで、この生態系サービスを指標に、里山の移り変わりを調べています。その結果、特に1970年前後を境にして、里山の姿が急激に変わりつつあることが明らかになってきました。食料自給率の低さが問題になっていることからも推測できるように、小麦や野菜といった農産物、蚕糸、材木などの供給サービスでは多くの指標が低下していました。
それに加えて、都市域や都市周辺地域では河川・湖沼の富栄養化が見られ、熱帯夜の日数も増加するなど、安定した環境を維持する生態系の調整サービスも低下していることがわかりました。さらには、秋の七草として古来より親しまれてきたキキョウやフジバカマの激減や、山の神のような自然信仰・伝承の衰退など、文化的サービスでも著しい低下が見られました。
山砂の採取により破壊が進む里山
こうした生態系サービスの低下は、里山に起きている様々な問題を示しています。
1つは、里山そのものが破壊され、無くなってきているということです。千葉県では、戦後、森林面積はあまり変わりませんが、耕地、特に畑の面積が減少し、代わって市街地が増えています。生態系そのものが人工物に置き換えられることで供給サービスが失われるだけでなく、調整サービスや文化的サービスを十分に受け取ることができなくなってきていると言えるでしょう。こうした現象は、市街地や道路の建設といった大規模なものだけでなく、水路の三面舗装のような小さなスケールでも進行しています。
管理が放棄されたスギ植林。間伐が行われない林の樹木は幹が細く、風倒や土砂崩壊を起こしやすい
次に、里山の管理放棄が進んでいることです。戦後、エネルギー源が薪や炭から石油石炭へと移りました。それに伴い、薪炭の生産地であった里山の雑木林は、ほとんどが管理を放棄され、常緑樹やササが生い茂るようになりました。また、日本人の米離れに伴って、水田の耕作放棄が進んでいます。水田が放棄されると、コメの生産がなくなるのはもちろんですが、コメ作りに関連した伝承技術や慣習、田園風景という文化景観までもが失われてしまいます。こうした社会のニーズの変化とともに、農村部で進む過疎高齢化が耕作放棄を加速させています。
3つめは、里山の環境汚染の進行です。農薬や化学肥料の使用、大都市からの廃棄物などにより、河川湖沼や土壌で富栄養化や汚染が進みました。公害が社会問題になった1970年代と比べればきれいになってきてはいますが、アオコ発生などの問題は未だに解決できていません。近年、アライグマやカミツキガメといった外来生物が里山でも増えてきており、これは生物的な汚染が進んでいると言えるでしょう。さらに大きなスケールで捉えれば、ヒートアイランドや地球温暖化といった気候変動も里山の環境を汚染する要因となっています。こうした様々な汚染により、生物多様性が劣化し、生態系サービスの低下が引き起こされています。
なぜ里山でこうした問題が起るのでしょうか。その理由は多岐にわたりますが、大きく捉えると、グローバル化と人工化への偏重の結果だと私たちは考えています。
里山の問題を引き起こすグローバル化とは、均質化・単一化のことです。農業を例に考えてみると、自家採取の郷土野菜が減って特定の品種に統一され、農薬や化学肥料、トラクターなどを用いることで、地域ごとに異なっていた様々な農法が失われました。それに伴い、農業の多様性とそれに支えられた生物多様性が低下しています。
もう一方の人工化の例としては、自然の中で行っていた農業から、ガラス温室や人工照明、培養液などを用いた植物工場的な農業への変化、さらには遺伝子組み換え産物の栽培なども挙げられます。
戦後、高度経済成長期を経て日本人は経済的に豊かになりました。グローバル化と人工化は、経済的豊かさを高めることに貢献してきました。しかし、この時代に生み出された大量生産大量消費社会は、それまでの里山に見られたように資源を地域内で循環させる社会とは異なり、大量の資源を地域外から取り込み、大量の廃棄物を排出する社会でした。
大量生産大量消費社会の下で膨れ上がった巨大都市の影響により、周辺の里山は開発されて都市に取り込まれ、地方の里山は巨大都市に人を吸い取られて過疎高齢化が進み、巨大都市から大量の廃棄物が排出され、農業や工業の人工化に伴って様々な化学物質が利用されるという状況が生まれています。
千葉県では2008年3月に生物多様性ちば県戦略を策定し、里山をはじめとする県内の生物多様性の保全と持続可能な社会の達成を目指している
こうした状況に対して、私たちは何をすればよいのでしょうか。もっとも大事なことは、人間社会を「大量生産大量消費社会」から「持続可能社会」へと変えることです。そのさきがけとなりうる活動が、近年、各地で見られるようになってきました。
千葉県では、県民の方々とともに、全国に先駆けて2008年3月に生物多様性ちば県戦略(以下、県戦略)を策定しました。県戦略では、「生命のにぎわいとつながりを子どもたちの未来へ」を理念として、「生物多様性からもたらされる資源が循環する持続可能な社会」を目標の一つとしています。
このような社会を達成するためには、地域に根ざした生物多様性を保全してその利活用をはかること、つまり、「自然」と「地域」を重視した社会への転換が必要となります。県戦略を推進するため、千葉県では、県庁横断的に生物多様性への取り組みを進めるほか、市民・NPOをはじめ、学校・教育機関、企業や各種事業者、市町村、国などとの連携・協働を進めていきます。