食と生物多様性
2009.08.18
巣の中で蜜の受け渡しをするミツバチ Photo:©Takehiko Sato
私たちが普段口にするハチミツはその殆どが養蜂家の手によってミツバチから採蜜されたものです。
養蜂の歴史は長く、約1万年前のスペインの洞窟の壁画には蜂の巣から蜜を取る女性の姿が描かれていますし、古代エジプトの壁画にも養蜂の様子が描かれています。また、メソポタミア文明の楔形文字にもハチミツのことが書かれています。食の生産に関連する作業の機械化や大型化が日常的な中、ハチミツの採取法は今も昔もほとんど変わらず手作業で、非常に原始的です。これはハチミツの採取方法がミツバチの生態を活用し、それがとても理にかなっているためです。ハチミツはミツバチにしか作れないというわけです。
ミツバチは、朝気温が高くなると飛び始め、花と巣を1日何度も往復します。
彼らが花から蜜を吸う時、「蜜管」という管を花に差し込んで蜜を吸います。そして「蜜胃」と呼ばれる胃の一部にタップリ花蜜を蓄えて巣に戻ってきます。1度に平均250個ほどの花を訪れ、自分の体のおよそ50〜90%にもなる量の花蜜を巣まで持ち帰るのはたいへんな重労働です。
小さな部屋(巣房)が蜜で一杯になると、ミツバチは蜜蝋で白い蓋をしていきます
Photo:©Ai Ohara
しかし、持ち帰られたばかりの花蜜は、水分が多いのでまだ私たちの知る「ハチミツ」ではありません。
外勤ミツバチが持ち帰った花蜜は、巣で待ち構えている別のミツバチに口移しで渡されます。口移しで蜜を受け取ったミツバチは、蜜を蜜胃に入れたり口に戻したり等を繰り返しながら水分を蒸発させてゆきます。あわせて、蜜はミツバチの体内にある酵素の働きにより、主成分の糖が消化の良いものに変化します。
こうして作られた蜜は巣の貯蔵室に運ばれ、さらに、夜の間中ミツバチ達がパタパタと羽ばたきをして風を送り続け水分が飛ばされます。こうして水分はもとの30%ほどになります。
その後は、六角形の小さな部屋の中にどんどん蜜を貯め、部屋がハチミツで一杯になると腹部から分泌される「蜜蝋」で蓋をするのです。たくさんの部屋に蓋がかかるということは、ハチミツが巣で十分熟成された証拠。ナイフでその蓋を丁寧にはがすとトロリとしたハチミツがたっぷりと詰まっています。これを板状の巣ごと遠心分離機にかけて回すと、殆ど巣を壊さずにハチミツだけが採れるというわけです。
「1匹のミツバチが一生をかけて作れるハチミツは、ティースプーン半分くらい。黄金色の僅かなひとさじは、まさにミツバチの生命をいただくことなのです。
花の蜜はミツバチの働きによって「甘さ」や「栄養価」が高められ「ハチミツ」になってゆきます Photo:©Ai Ohara
ハチミツは、その土地の特徴をとても良く表現します。季節ごとの花や気候風土を反映するので種類もじつにさまざま。ミツバチは花の種類別に花蜜を集めることができるので、個性豊かな味わいの花の蜜を作ることができるのです。そのいくつかをご紹介します。
■トチ・・・ブナ原生林の谷沿いに分布し、土石流をおさえ下流海岸まで安定した生態系を育む、森の基礎になる樹木です。コク・味・香りの3拍子揃ったバランスの良いハチミツです。
■ビワ・・・バラ科の常緑高木。主な産地は千葉、長崎、鹿児島です。11〜12月、香りの良い白い花を咲かせます。外に咲く花が少ない時期に咲くことからその蜜は、ミツバチをはじめいろいろな生きものの貴重な食料となります。
■ソバ・・・タデ科の1年草。春と秋の2回花を咲かせますが、ハチミツが採れるのは主に8〜10月頃に咲くソバです。北海道、東北、長野等で多く生産されます。世界のハチミツの中で最も栄養素が豊富といわれます。黒褐色で、鉄分・ビタミンA・B1・B2が多く含まれており、ロシアでは最高級品だそうです。
■レンゲ・・・マメ科の多年草。4〜5月にかけて花を咲かせます。南日本の代表的なハチミツで、クセが少ない食べやすいものです。昔は水田の緑肥として稲刈りの終わった田んぼで多く栽培されていましたが、近年ではその田んぼも減っています。
■サクラ・・・バラ科の落葉高木。全国各地の山に自生、または公園や街路樹に広く植林されています。早春に蜜を出し、花粉も豊富であるため、ミツバチが数を増やす時期には欠かせない植物です。ほんのりとしたサクラの風味が春の訪れを知らせます。ハチミツの中では糖度が低く、さらさらしています。
■ミカン・・・ミカン科の常緑低木。主な産地は和歌山、静岡、愛媛、九州各県ですが、西日本を中心に広範囲で栽培されています。花の咲く期間は短いのですが、ミカン山の標高に従って段階的に花が咲くため、案外長く蜜を集めることができます。爽やかな酸味のあるハチミツです。
■百花蜜(ひゃっかみつ)・・・一種類の花から採れる単花蜜(たんかみつ)に対して、さまざまな花の蜜が混ざってできたハチミツのことです。ミツバチの巣がある場所の植生がそのまま表れ、ハチミツの採れた場所の自然環境がギュッと詰まったハチミツといえます。
このように日本の四季折々の自然を舌で楽しむことができるハチミツ。採れたての野菜がみずみずしくて風味豊かなように、採れたてのハチミツも花の香りや風味がたいへん豊かです。ハチミツを楽しむということは、多様な自然環境からの恩恵を享受することでもあるのです。
Written by Ai Ohara(Watash Project)