美と自然

職人が育てる生きた芸術「弥富金魚」

2009.06.30

きんぎょーえー、きんぎょー

...の売り声を実際に聞いた人は希少であろうとも(筆者ももちろん聞いたことはない)、日本人なら何かしらイメージはわいてくる。そう、今回の主役は「金魚」である。

金魚鉢のなかをゆうゆうと泳ぐ姿、金魚すくいの薄紙のうえでピチピチと跳ね回る姿。それぞれの夏の思い出に、それぞれの金魚の姿があるはずだ。それはデメキン? リュウキン? それともランチュウ? えーと、それから...。

祖先は「赤いフナ」

実は日本産金魚として「公認」されているのは25品種、中国から輸入された品種などを入れると30種超。最近のマニアによって生み出される「非公認」種を入れれば40とも80とも...それこそ数え切れなくなるらしい。

そもそも金魚の祖先は1700年前に中国で発見された「赤いフナ」だったという。そのフナの突然変異体を人間が選り分け繁殖させ、その中で生まれた突然変異体をまた交配、交雑し...と限りなく繰り返して、これだけ「多様」となったのだ。

金魚の名産地で「ブランド」を守る若手生産者の深見泰範さん=愛知県弥富市で

金魚の名産地で「ブランド」を守る若手生産者の深見泰範さん=愛知県弥富市で Photo:©Taketo Sekiguchi

そんな生物多様性を考えるうってつけの主役でもある金魚の全国的な産地が、身近にある。ずばり「弥富の金魚」で知られる愛知県の西端、弥富市だ。
生産量こそ奈良県大和郡山市にトップの座を譲るものの、養殖池面積、出荷金額、そして何より、生産される品種数は全国一を誇る。「弥富に行けばいつでもどんな金魚でもそろう」が合い言葉なのだそう。

で、実際に弥富の生産所に足を運んでみた。本当に、何でもあります?

「うちでつくってるのは11種類。昔の5、6種類に比べたら多いけど、全部じゃないよ。難しいもの、つくってるからね」

と、いきなりバリバリのプライドを見せつけてくださったのは「深見養魚場」の深見泰範さん(45)。日焼けした肌と精悍(せいかん)な顔体つきはまるでサーファーかヨットマンの風情。しかし、伝統産業のご多分に漏れず後継者難が問題となる弥富の金魚業界で、父・光春さん(72)の跡を継いで二代目の看板を守る貴重な若手生産者なのだ。

「弥富全体でいろんな品種がそろうのは確か。ただ、やってるのはほとんどが60代、70代。跡取りが出なければ弥富に『この品種はいません』ということになってしまう」。プライドとともに危機感もあらわにする。

"いい魚"見分ける目

深見さんの自宅兼養魚場は、市内でも中心部からやや外れた住宅地のなか。小集落の真ん中に構える養殖池は1万平方メートル近くある広大さだ。

ちょうど50年前の伊勢湾台風も経験した父・光春さんが金魚の生産を始めたのは1967(昭和42)年。江戸時代から盛んだった弥富の金魚業界からすれば「新規参入組」だ。しかし光春さんの地道な努力で「深見産」金魚の品質は高く認められ、今や弥富を代表するブランドに。20年近くかけて完成させたという「桜錦」は、日本産金魚の「正統」な新品種に位置づけられている。

「選別」作業に励む深見泰範さん。左は先代で父の光春さん

「選別」作業に励む深見泰範さん。左は先代で父の光春さん Photo:©Taketo Sekiguchi

「小さいときから親父は"いい魚"をつくってきた。だったらオレにもできると思って跡を継いだけど、簡単ではなかったね」
泰範さんは苦笑いしながら、養殖池に出ていった。

金魚は4月はじめから5月にかけて産卵し、7-10日でふ化する。夏ごろになると赤や白に色づいてくるが、小さいうちはどれも黒っぽい小魚だ。
コンクリートの池のほとりに腰を下ろした深見さんは、白い鉢に移した稚魚をじいーと凝視。やがて小さな網でぱっぱっと稚魚をすくっては、池に戻していく。そしてまたじいー...。これが"いい魚"と"悪い魚"を見分ける「選別」の作業なのだという。

もちろん素人目にはどれも同じような魚に見える。いったい何が"いい魚"の基準なのか。

「自分の場合は、泳ぎ方。きれいで、軽やかで、力強いかどうか。いい泳ぎ方をする魚は、見た目も美しい。その見極め方は品種によって違って、例えばジキンは他の品種より尾ひれが斜め上にすっとあがっているから、その"角度のいい"魚を選んでいく」

1匹の親魚は一度に3000-8000匹を産むという。それを半年近く、ひたすら見つめ続け、数匹を選び抜く。めまいのしそうな作業だ。

「親父からはとにかくいい魚を見て覚えろと教え込まれた。経験やセンス、そして根気がないとだめ。生きた芸術をつくる職人ってところかな」

再び強烈なプライドが光った。

「多様」であるほどいいか

もちろん、魚を育てるには水質や水温の管理、えさやりの工夫などが欠かせない。
そして「病気」との闘い。
金魚はさまざまな病気にかかるが、これまでは寄生虫や細菌による病気が一般的で、主に薬品の投与によって予防や治療ができた。
しかし今、生産者を悩ませている最新・最大の敵がある。

「キンギョヘルペス」だ。

ヘルペスとはインフルエンザ同様、ウイルス性の病気。魚では「コイヘルペス」がよく知られているが、金魚特有の病気がキンギョヘルペス。コイヘルペスが金魚に、キンギョヘルペスが鯉にうつることはないとされている。

愛知県水産試験場内水面漁業研究所弥富指導所によると、キンギョヘルペスは20年ほど前から存在が確認され、ここ10年ほどで金魚養殖の重大な脅威となった。
その特徴はかなり解明が進んでおり、水温を33℃にまで上げれば、4日間ほどでウイルスの活動はほぼ抑えられることが分かった。しかし、広大な養殖池をそれだけ高温に保つにはコストもかかる。そして、その感染のルートは予測がつかない。

さまざまな品種の金魚が見られる弥富市内の金魚問屋

さまざまな品種の金魚が見られる弥富市内の金魚問屋 Photo:©Taketo Sekiguchi

弥富金魚漁業協同組合の伊藤恵造組合長も「数匹が死に始めていたら、もう他の魚に感染している。特効薬がないというから、かなわない」と頭を抱える。しかしさまざまな試行錯誤から、現在弥富で生産されている金魚に限っては、ヘルペスに対する免疫力は高まってきているという。そして伊藤組合長からはもう一つ、重要な証言を聞いた。

「品種によって症状は違うんです。"先祖"であるフナに近い種類の方が、病気には強い」

実は、同じ言葉は深見さんの口からも聞かされていた。逆に言うと、系統が下に行く、つまり「多様性が増していく」ほど、病気にもかかりやすくなるということだ。

ここで、引っかかるものはないだろうか。

生物の進化とは、環境への適応と考えられている。弱肉強食、適者生存という言葉が示すとおり、厳しい競争や環境変化に対応した種が生き残り、生態系の一角にその座を有する。
では、弥富の金魚の「多様性」は、こうした自然の摂理に反するものなのだろうか。

現在、金魚の「愛好家」は増え、インターネットを通じてさまざま品種がやりとりされている。アマチュア生産者は自宅でさまざまな方法を駆使して魚を掛け合わせ、「一発勝負」の品評会に挑んでくる。プロも顔負けの技術と情熱を傾けるのは、一概に悪いとは言えない。しかし、一瞬の美しさを競って過剰な品種改良を重ね、金魚があまりに儚(はかな)い「商品」として流通するだけになっているとしたら、悲しくはないだろうか。そこに、新たなウイルスの恐怖がまん延しているのは、偶然とは思えない。

試験場に確認すると、「フナに近いほど病気に強い」という説には、明確な科学的根拠はなかった。だが、「(フナに非常に近い)ワキンは一般的に病気に強いとは言われている」とも。

まだ仮説の段階であるし、ここでは金魚生産そのものを否定するつもりはまったくない。むしろ今回の取材でそのとてつもない奥深さ、そして間近で見る高級金魚の美しさに心打たれた。

 

この仕事の「やりがい」を尋ねると、深見さんはこう答えた。
「秋口になって最後の選別をしていると、『これだ』って魚が見つかることがある。そんなときは、宝物を見つけたような気持ちになって、疲れも忘れる。オレは一期一会に引っかけて、『一魚一会』って言うんだ」

こんな生産者の純粋な気持ちを守る範囲での、発展を願うだけである。

Written by 関口威人(ジャーナリスト)

中日環境net