井田徹治/環境記者の取材メモから

築地から考える生物多様性

2009.10.13

築地市場のマグロ

築地市場のマグロ Photo:©Tetsuji Ida

環境問題の報道に本格的に携わるようになってから20年以上になります。ちょうど20年前ごろから科学者によって提唱され、今では環境問題の重要なキーワードの一つになったのが「生物多様性」という言葉です。「生物多様性とは何か」「なぜ、生物多様性が重要なのか」。このコラムでは、これまで私が見てきたさまざまな実例をまじえて、生物多様性に迫る危機や、生物多様性の保全と地域の発展を両立させようとの試みを紹介することで、この問題への理解を少しでも深めて頂ければと思っています。

生物多様性の問題を考えるのに最も適した場所の一つは、築地の魚市場でしょう。巨大なクロマグロやミナミマグロから、小さなシラウオまで、市場に並ぶ魚介類の種類の多さは、海の生物多様性の豊かさの証拠です。アサリなどは一つの種であっても、どれ一つとして同じ模様のものはありません。一つの種の中にも遺伝的な多様性があることを教えてくれます。

海産物がどこから築地にやってきたかを見てみましょう。イカはイエメンやオマーン、タコはモーリシャスから、クロマグロはマルタやクロアチアからのものがあります。エビの中にはアルゼンチンやアイスランドなどから運ばれてきたものがあるはずです。これらの生物はすべて、日本人の食卓に上るのですから、われわれの暮らしがいかに、世界の海の生物多様性に多くを頼っているかを、実感できるでしょう。

ところが、クロマグロは乱獲で個体数が減少し、来年3月のワシントン条約の締約国会議で国際取引の禁止が議論されるまでになっりました。ミナミマグロは国際自然保護連合(IUCN)によって「極めて絶滅の恐れが高い」とされているし、価格が安い「普及品」のメバチマグロも「絶滅の危機が高まっている」とされています。
では、日本人が毎日のように大量に食べているこれらの魚が置かれたこの状況を、一体、どれだけの人が知っているでしょうか。生物多様性の重要性や保全の在り方を考えることは、本来、このような身近なところから始まるべきものだし、日常のライフスタイルを見直す行動も必要になるはずなのですが。私たちの報道も、市民団体の活動も、この点に関してはまだまだ不十分だと思っています。

井田徹治

井田徹治(いだてつじ)

1959年東京都生まれ。東京大学文学部卒。共同通信社に入社し2001年から2004年まで、ワシントン支局特派員(科学担当)。現在、科学部編集委員。環境と開発の問題を長く取材。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)総会、気候変動枠組み条約締約国会議、ワシントン条約締約国会議、環境・開発サミット、国際捕鯨委員会総会など多くの国際会議も取材。著書に『大気からの警告—迫りくる温暖化の脅威』、『ウナギ 地球環境を語る魚』、『環境異変』など多数。